DLS6周年感謝祭と題して、今月の頭に5つビデオを連続アップしていました。
(まーそのうち1つはFBライブだから厳密にビデオアップと言えるかは別)
本当はパート1と2に分けてお届けしようと思っていたんだけど、休憩時間に話している事っていうか、
話が脱線したところ笑 でダンサーにとって有益な情報がたくさんあふれていたので、急遽パート1.5も作りました。
レンタルスタジオ4時間借りてたんだけどね、まー収まらなかったよ、3人の会話。
そこでフミさんがスポンジについて話ていたじゃない?(まだ見ていない人、話の流れを理解するためにビデオも見てね)
すっごく納得した比喩だったの、今日はそこだけ取り上げて、掘り下げていこうと思います。
彼女の言葉を引用するね。
私いつもスポンジ考える。
ドライアウト(乾燥しきって)しちゃってカピカピのスポンジって、水道の下に置いておくと最初水はじくじゃない?
で、いっぱい水吸っちゃってるとそれ以上は吸わない。
でも少し湿らせておくときた最初の一滴からぎゅっと入ってく。
これ、膝をぱちーんってして、座布団3枚!!ってやりたいくらい腑に落ちたのね。
その後彼女はこう続けています。
まっさらな状態でいくわけでもなく、必要なコアのところだけ持っといたら必要なものは全部吸収できる。
逆に他のことでいっぱいいっぱいになっちゃってたら、せっかくいい環境に行っても何もできない。
バレエ学校に来る、残念な生徒
日本人留学生だけではなくって、そしてうちのバレエ学校だけでなく、クリニックに来る他のスクールの子達も含めて。
学びの場に来るとき、吸収率が高い子って「湿っているスポンジ」なのね。
ま、バレエをやってきている子だけが集まるから、
バレエ歴、という面ではみんな湿ったスポンジではあるんだけど、
- 自立・責任
- 他のジャンル(コンテ、エクササイズ、ロシアンキャラクターなど)への興味
- 「自分」で努力する力(先生が見ている時だけではないってことね)
が全く分かっていない子、つまりカピカピのスポンジちゃんたちは、バレエ学校がオファーしてくれるすべてを吸収することが出来ないんですよね。
ケガしてクリニックに治療に来る子達もそう。
ケガ=直してもらえる、というコンセプトでいるから、フィジオからエクササイズをもらってもその重要性が理解出来なかったり、
コンディショニングクラスは参加するんだけど、それを毎日お家で継続するっていうのが出来ない。
周りには知識が水の様にあふれているのに、吸収する事が出来ないから、ただ流れていく。
セミナ―にくる、残念な参加者
DLSセミナ―に来てくれる人達って知識欲がとても強いんだけど、自分の中に「これはこーである」という絶対的なもの?があって。
それが邪魔して、新しい事が入らない。
例えば「OO先生はアジア人と欧米人の体は違うと言っていた」というのが入っていて、
- アジアって48か国を指すということ(アジアって地球で一番多くの人口と国を跨ぐ呼び方です)
- 欧米には様々な人種が住んでいる事(オーストラリアの先住民、アボリジニの人達と後から来た人達ではDNAにおおきな違いがあるけど、全部ひっくるめてオーストラリア人になる)
- 体が違うということと、出来ないことがある、というのは別である(鼻や頬骨の高さが違くてもみんな笑顔はできる、みたいな)
などの情報が入っていかない。
勉強熱心な人達だからこそ、残念だなぁって思う。
一度がっつりと濡れたスポンジを絞って、新しい水分をいれたら、掃除しやすくならない?
愛さんの残念な過去
なーんて偉そうに言っている(書いている?)私ですが、残念な過去ってございますよ。
私も頑張ってるつもりちゃんでした、という記事でそれ、お話しているつもりだけど、
バレエダンサー後の残念な話もしておこうか笑
2012年DLSが始まるきっかけとなった東京でのセミナー。
日本にくる前にかなり頑張って「ダイエット」しました。
だって痩せている=バレエ界ではよい先生だと見られる、ってずっと頭の中に入っていたから。
体型で人の優劣は決まらない。
そう分かっているはずだったのに「バレエ界ではこうあるべき」でびっちょびちょだった。
オーストラリアバレエ団医学チーム研修を終えて2,3年後?
ボディコンディショニングスペシャリストのワークショップに参加して、知っているエクササイズが出てきたから余裕こいていたら、
「愛、そのエクササイズは、その場所で見ていたらやっている人は嫌でしょ」と一言。
この注意、研修してた時にも言われてたから、記憶ががつーんと戻ってきて。
知っている「動き」だったから
- このエクササイズのセッティングはこうで
- 使う筋肉はどこどこで
- バリエーションはこれとこれ
そういった知識だけでびちょびちょスポンジ。
指摘されたように、まだまだ出来ていないところあるのにね。
出来てるつもり、知ってるつもりのびちょびちょは気づくようになったものの、
知らない知識は乾ききったスポンジの上を流れる水の様に浸透さえしないから、気づいていないんだろうなぁ、恐ろしい…
湿ったスポンジになれ!
生徒に指導していたり、セミナー講師をしていると、
アウトプットはたくさん行うンだけどインプットの時間を確保するのが大変だって感じます。
自分にインプット、つまり水を含むことが出来なければ、アウトプットも出来ないよね。
それは前々から気づいていたから、必死でインプットする機会を作るようにはしてるつもり。
時間が許せばブックオフで山ほど本を買うっていうのは、来日期間が限られている私が日本でインプット出来る唯一の方法だったりもするけど、
(著者に印税は入らないが、環境問題には優しい笑)
尊敬している人と食事に行ったりするとか、どーにかしてインプットしなければって危機感があるの。
でもインプットする「前」に
- 既にスポンジがびちょびちょじゃないか?チェックと
- カピカピじゃないか?チェック
をしたら、より吸収率がよくなるンではないか?と。
これが予習(湿らすため)っていう部分だろうし、オープンマインド(びちょびちょを乾かすため)なんだろうなって。
また新たな課題がうまれたわ。
Happy Dancing!