ストレッチはウォームアップになるのか?
今回のエピソードでは、国際ダンス医科学学会(IADMS)の資料をもとに
ウォームアップとストレッチの違いについて詳しく解説します。
「レッスン前にストレッチしないと不安…」と思っている先生やダンサーの皆さん、
実はそのやり方がパフォーマンスに悪影響を与えているかもしれません!
Transcript
リアルタイムでポッドキャストを聞いてくださっていたら
明日から教師の為のバレエ解剖学講座モジュール1&2と、ダンサーの足セミナーが始まる佐藤愛です。
もしかしたら、セミナーの準備をしながら
このポッドキャストを聞いてくださっている先生もいるかもしれませんね。
レコーディングしているのは1月末なんですが…
教師の為のバレエ解剖学講座とは、2015年1月に始まったセミナーで、
当初4日間で行われるクラスだったんです。
過去のポッドキャストでお話しましたが、冬期バレエ講習会が5日間で行われるセミナーで、
その裏で教師の為のバレエ解剖学講座が行われていたんです。
モジュール参加者は、冬期バレエ講習会を無料で見学できるというシステムでした。
ただ、バレエの先生たちにとって、特に遠方に住んでいる先生たちにとって、
4日も東京に来るのは旅費、宿泊費がかかって大変。
なので、2時間×4クラスを、2時間20分×3に変更したんです。
セミナーのスケジュールを考える時、いつもこの部分に頭を悩ませます。
1日で終わったほうが、遠方の先生たちやダンサー達は楽。
ただし、科学的根拠に基づいた勉強を考えると、1日に詰め込んでも記憶として残らない。
大人でも90分以上集中して授業を受けることが出来ないなら、
子供達ならより不可能ではないか。
など考えていくと、DLSセミナーは2時間~3時間がマックスだなと思っています。
今年のセミナーもそうだよね、
ダンサーの足とか、ターンアウト向上セミナーも1日だったらよかったのに!と思っていた方もいらっしゃるかもしれないけど、
2日にしている理由が、こうやって存在してるんだよーと知っていただけると嬉しいです。
2日目の最初に、昨日の復習や質問から始められるので、
記憶の為にも良いですしね。
さて、今日は先週の続きで、ストレッチについて考えています。
DLSで勉強するとストレッチは避けるべきじゃないかと思うけれど、
- そうは言っても、今の子たちは体がかたいって言われるし
- そうは言っても、バレエをやってるんだったら開脚くらい出来てほしい
- そうは言っても、保護者がもつバレエのイメージを守らないと生徒が辞めちゃう
- そうは言っても、つま先伸びない、ターンアウト出来ない
って思ってしまう。
先週は体が柔らかいとケガしないのか?というテーマでお送りしました。
1980年代まで言われてきた「ケガしないように入念にストレッチ」という時代を考えつつ、
エビデンスを見てみましたよね。
「そうは言っても、レッスン前にストレッチしないと心配」
っていう方もいるかもしれませんよね。
このテーマを理解するために、先週もお話したストレッチの種類を復習してみましょう。
細かな流派は放っておいて、一般的、つまり治療家が使う特殊なものではない中で、
ストレッチの種類は
- ダイナミックストレッチ=動的ストレッチ
- スタティックストレッチ=静的ストレッチ
の2種類です。
それを頭に入れながら、IADMS(国際ダンス医科学学会)が出している、ウォームアップについての資料を読んでみましょう。
ウォームアップ内でストレッチの果たす目的は?
ダンス関係者向けに書いてあるIADMSのウォームアップについての資料には、
「ウォームアップ内でストレッチの果たす目的は?」というセクションがあります。
そして、そのセクションは以下の文章で始まっているんですね。
日本語訳にすると
「ストレッチ自体はウォームアップではありません。ダンサーは、動的ウォームアップ中に行うストレッチと、柔軟性トレーニング中に行う静的ストレッチを明確に区別する必要があります。」
と書いてあります。
ね、先週お話した動的ストレッチと静的ストレッチの違いが分かっていないと、
ストレッチの話が出来ないっていうのが、よく分かりますよね。
だから私は、いつも
「勉強していないならストレッチは指導出来ない」
とお話しているんです。
まぁ、ストレッチだけではなく
「知らないことは指導できない」を徹底的に指導者は考える必要がありますよね。
ダンサーもそうだけどさ。
自分の体や将来なんだから、ある程度知識が必要でしょう?
資料の続きを読みますね。
「ウォームアップ内でのストレッチの目的は、関節を動かし、
続くダンス活動に必要な可動域を安全に行えるよう準備することです。
ストレッチは、体幹や筋肉の温度が上昇してから行うべきです。
なぜなら、温まった組織はより柔軟性があり、弾力性が高まるからです。」
この部分は、ライブラリのSafe Dance Studioを勉強している人なら知っているよね。
ウォームアップの目的は、体を伸ばすことではないんですよ。
目的は、その後に行われる動き、スポーツ、ダンスの準備なの。
よって、その後に行う内容によって、どれくらいのウォームアップが必要なのか?が変わります。
たとえばリハーサル前のウォームアップと、普段のレッスンの前のウォームアップは違うってことね。
色々なところでお話しているけれど、
プロフェッショナルダンサーは朝のレッスン全てがウォームアップになり、
その後のリハーサルやパフォーマンスに進みますから、
レッスン中にウォームアップギアを着ていたり、ストレッチしたり、
もちろん、レッスンの振付内容を変更して、自分に合わせたりしているんですよね。
でもね、バレエ学校の生徒達は、そんな服装でレッスンをしたら怒られます。
だってレッスン「が」本番なんだから。
よって、バレエ学校生徒とプロダンサーがレッスン前のウォームアップに行う行動は異なります。
そういうことを知っていなければ、
ネットで見たダンサーのマネをして終わっちゃうし、
先週もお話した「そうは言っても、OOさんもやってるし」という言葉になってしまうのではないでしょうか?
ウォームアップの後にストレッチ?
資料の続きを読んでいきますよ。
「温まった状態であれば、ストレッチはゆっくりと体系的に行う必要があります。
筋肉の長さを急激に増やすと、不安定性が増し、固有受容感覚が低下する可能性があるからです。」
ケガしないように、心配だからストレッチだけ頑張っていると、
ウォームアップになっていないということ。
それだけでなく、しっかりと理論的に順序だてて行っていなければ、
関節が不安定になり、バランス感覚も低下してしまう。
これって、上手に踊るための準備に聞こえますか?
ケガ予防できそうな行動だと思います?
注意事項はまだまだ続きますよ。引き続き読んでいきますね。
「また、安定筋(例えば内転筋)を過度に伸ばさないよう注意が必要です。
これにより関節の不安定性が助長される可能性があります。
特に、組織の柔軟性が高いダンサー(自然に関節が緩い人)や、
既存の関節の不安定性を持つダンサーには注意が必要です。
このような場合、筋肉が過度に柔軟な関節や不安定な関節を保護するために支持を提供する必要があります。」
体、骨盤を安定させる仕事をする筋肉を知らないと、今読んだ部分を考えながらストレッチすることは出来ないですよね。
だから、ストレッチを指導するなら勉強しなきゃいけないわけ。
「ストレッチがダメだ」とは今回のエピソードでも1度も言っていない事を頭に入れておいてくださいよ。
ただね、勉強すれば、何を、どのタイミングで行うべきか?が分かってくるし、
そもそも、ストレッチをレッスンの中でやらなければいけないのか?という根本的な質問を考える必要も出てきます。
なんでウォームアップでストレッチしちゃダメなの?
今日はストレッチはウォームアップになるのか?というテーマでお話してきていますが
今までの内容で、既にしまった!と思ってくれた先生や
明日のレッスンどうしよう…と思っているダンサーがいたら嬉しいです。
今日ご紹介している、IADMSの資料は、7ページもあるので、1回のポッドキャストで全てご紹介はできません。
読みたい方のために、DLSポッドキャストのエピソード552をサイトで検索してもらえると、
スクリプトの中にリンクを入れておきますね。
ただ、日本語じゃないんですよ。なので、英語の勉強のついでに読んでみてください。
いやー英語で読みたくないよとか、和訳しても難しい言葉が多くて分からないよ、という人は、
このようなエビデンスをベースにウォームアップについてお話している
Safe Dance Studio、柔軟性セミナーは、教師の為のライブラリに入っています。
さて、資料に戻りましょうか。
この部分はちょっと難しい言葉が続きます。
「ウォームアップは柔軟性を向上させるための時間ではなく、ウォームアップの一環として静的ストレッチを行うことは推奨されません。
静的ストレッチとは、15秒以上ストレッチした状態を維持することと定義されており、ダンスに重要なパフォーマンス指標のいくつかを損なうことが示されています。
また、筋力やパワーに悪影響を与えることも分かっています。
十分に体が温まらない状態で長時間ストレッチを行うと、筋肉-腱ユニットの長さが過剰に増加し、筋肉や関節を保護するための身体の反射が抑制される可能性があります。」
どう?分かった?
そもそも論として、ウォームアップは柔軟性をアップする時間ではないんですよ。
さっきもお話したように、次に行われる運動、レッスン、振付の準備運動なの。
先週のポッドキャストで見たように、柔軟性は大切だけど、
体が柔らかかったらケガしないわけではないですし、
今日のポッドキャストでお話したように、関節が不安定になり、バランスもとりづらくなってしまう。
それに追加して、今のポイントでは、筋力やパワーが一時的に低下してしまうし、
筋肉や関節を保護するための反射が抑制されてしまう。
こうやって、ちゃんと事実を知っていたら、レッスン前に携帯見ながら開脚するとか、
生徒にエビぞりさせて、頭とつま先がついたら上手な証拠とか、膝を押し込む練習を、努力と呼ぶとかって
おかしいんだということが分かってくれますでしょうか?
おかしいんですよ、エビデンス的に考えて。
ただ、今の例を聞いて、「体が温まっていたら大丈夫なんじゃないの?」と思う人もいたかもしれないので追加しておくよ。
- アラベスクでは、頭が骨盤を超えることはないからね?
- 腰椎疲労骨折は、反る練習を繰り返す子供達に見られやすいからね?
- 膝の構造上、押し込む方向に耐えられるように出来ていないからね?
こうやって、バレエのテクニックへの理解があり、
体の構造への理解があったら、危険な行動を避けることが出来ます。
いつも行っている行動に、疑問を抱くことが出来ます。
危険な先生から離れて、正しい事をやっているスタジオを探すことが出来ます。
正しい方向へ努力するには、知識が必要
毎週ポッドキャストを聞いてくださっている皆さんなら、またかーと思うかもしれないけど、
ケガしないように柔軟体操とか、しっかりとストレッチしてレッスンに挑むとかって、
知識不足の人が言っている言葉なんですよね。
Again、ストレッチがダメとは言っていないからね?
時間帯、目的、やり方を考慮したら問題はないからね?
生徒の年齢と、過去のケガを考慮したら、どの筋肉を、どの関節をどうやってストレッチするか見えてくるからね?
ただ、正しい方向へ努力するには知識が必要だって忘れないでください。
生徒の体、夢、お金、時間なんだから。
カエルストレッチや胡坐で膝を床につけるみたいな動きをする場合、
- それが股関節や膝関節をどの方向に動かしているのかを考えてください。
- その方向に動く関節なのかを知ってください。
- 内ももやお尻の筋肉を伸ばすことが、その後のレッスンにどのような影響を与えるのかを吟味してください。
そして、
- その動きはターンアウトの練習にはならないという事も忘れないでください。
このポッドキャストをリアルタイムに聞いてくださっていたら、
明日が教師の為のバレエ解剖学講座モジュール3と、ターンアウト向上セミナーの申込最終日です。
ターンアウトの為に、股関節の柔軟性は必要です。
レッスン前にターンアウトの準備運動をしておくことはとっても理にかなっていると思う。
ただ、やり方をしっかりと理解しないと、
レッスンで股関節が不安定になり、ケガの原因になったり、
なにより安定した軸足でターンアウトが出来なくなってしまうという事を忘れないで。
先生たちは、生徒をケガさせようと思ってレッスンを指導していないと思います。
ただ、私たちが指導されてきた内容は古い可能性があることや、
良かれと思ってやっている行動が、生徒の将来を傷つけてしまっているかもしれないという事実に気づいてください。
勉強すればするほど、自信がなくなっちゃいます。
ダニング・クルーガー効果といって、それは当たり前です。
ポッドキャストを聞いてても、間違った指導を指摘されるだけで、
自信がなくなっちゃうから辞める!と思わないで。
勇気を持って生徒達の為に、次世代のダンサー達の為に一緒に勉強していきましょう。
東京のモジュール1&2は明日から始まってしまいますが、
3月29日、30日、31日に大阪で行われるモジュール1&2、ダンサーの足はまだ申込が出来るはずです。
私は1月末にレコーディングしているので、最新の空き情報を分かっていませんが、
キャンセル待ちも出来ますので、諦めないで!
この春、より安全なスタジオを作りたい先生と、理論的に上達したいダンサーにお会いできるのを楽しみにしております。
Happy Dancing!
佐藤愛